「―――あー、・・・・・・ちがうか、『くるしい』じゃねーわ。『かなしい』?」
「ん? なんか云った?」
「違うな。・・・・・・なんだろう・・・・・・『くやしい』・・・・・・か、―――って、なによ寿里(じゅり)くん」
「なんかぶつぶつ云ってるから」
「え? なにが?」
「は? 自覚無かったの? やばいじゃん。大丈夫?」
「なに云ってんのよ、大丈夫に決まってんでしょーが。それよか寿里くん、さっきから倉見が呼んでるけど」
「え! あ、ホントだ!」
バタバタと慌ただしく寿里くんが撮影場所に走って行く。その向こうにはあいつが居て、珍しくぼーっと、空を見上げてた。その横顔に視線が縫い付けられる。
ほんっと、腹を立てるのも無駄だなって思うくらいに整った顔してんだよな。端正。って、ああいう顔のこというんだなきっと。背も高いし、手脚も長い。しかもすっげぇ良いパランスなんだよな。黄金比率でつくったトルソーみたいな。
「――――――声に出てたか、・・・・・・」
はー、と息を吐いて俺も空を見上げる。
「・・・・・・いーい天気だなぁー」
背後に感じる視線がある。俺を通り越してあいつを見ているに違いない。きっと、かなしい眼をしているんだろう。俺にはわかる。わかるんだ。
なあ、その手を掴んだのを後悔なんてしちゃあいないんだけどさ、
もう片方の空いている手は、誰れのためにあるんだろうな。
【ああ、やっぱり、】2
しあわせだった。
だからこわかった。
永遠じゃないから。
永遠なんて無いから。
変わらないものなんてない。
終わらないものなんてない。
だからぼくは、
このしあわせの終わりを見たくなかった知りたくなかった。
なのにぼくは、
このしあわせの、永遠を願った永遠を信じたかった。
きみのあなたのまっすぐなことばに、
あなたのきみのまっすぐなこころに、
縋りたかった。
だけどぼくは、
ぼくは、ね、
ぼくは、
・・・・・・疲れちゃったんだよ、
ぼくは、
ぼくは、――――――こわいんだよ。いまでも、
ねぇ、いまでも怖くてたまらない。だから、――――――――――――
【ああ、やっぱり、】1
そうだあなたはぼくのひかりなんだ。
だから惹かれたのに。
だから欲しかったのに。
なのにどうして、
どうして手放してしまったんだろう。
知らないままで居られたらよかったのに。
暗闇の中できっとぼくは、
声にならない慟哭を、
届かない焦燥を、
吐き続けるんだ。真っ赤な花を、真っ白な花を。
もがきながら悔やみながらいつまで、
いつまで生きていかなきゃいけないんだろう。
【ねえ誰れか、】6
けれど僕には云えない。
彼が隠せているって思っていたその感情を暴いてはいけないから。
だけどだから誰れかお願い。
神様がいるのならお願い。
・・・・・・・・・・・・早く夢から引きずり出してよ。
あのひとを、連れ戻してよ。
【永遠】を、僕たちの永遠を、
もう一度繋いで欲しいんだ。
【ねえ誰れか、】5
本当に、【彼】の中には、
なにも無いんだろうか。
あの日々を、
無かったことにしているんだろうか。
本当に?
ねぇ、本当に?
「なにを、探しているのかなぁ。おれ、なにか探しているのかなぁ。なんかさぁ、・・・・・・とてもだいじなもの。失くしたくないもの。・・・・・・だけど、それがなんなのか、わかんないんだよ、」
空を見上げて、ゆっくり瞬きをして。
寂しそうに微笑んで。首を傾げる。その横顔。端正な、横顔。―――あれ? と思った。
あのひとに似ている。そう、感じたのは、一瞬だったけれど。
ねぇ、どうして? そうやって探しているくせにどうして?
なんで忘れちゃったの?
そりゃあ、あんなことがあって。それは僕だって計登さんだってショックだったけど。
でも、
でもさ、
「おれぇ・・・・・・たいせつなもの。なんにもなかったはずなのに、」
嘘つき! って。
思わず叫びそうになったのを堪えた。
ふざけんな! アンタにはあるんだよ! あるじゃん! 楽しかったじゃん。あの日々が、アンタに! 時雨さん、アンタにとって、何の意味も無かった物だなんて認めない。
あのひとを、あのひとのこと、大切だからこそ、―――だから、忘れるしかなかったんじゃないか。
[Y/1]
「その手を掴んだのも離さなかったのも俺なんだけど。憐れみでも怒りでもましてや愛情なんかじゃ無いんだよな。掴んだ手はもうとっくに癒着してしまって離れることが無いんだ。離すつもりも無いけどさ」
いつだったっけ。俺、なんか酔っ払ってた。
別に訊かれた訳じゃあないのに、なんか勝手にそんなこと語ってた。
彩夜(さよ)のはなしだ。
あいつは、「そっかぁ」なんて柔らかく眼を細めて頷いてた。
あいつをみてると、くるしくなるんだよな。
【ねえ誰れか、】4
ほんとうは、
計登さんが一番堪えているんじゃないかって、
そう、
思ってる。
本人に云ったら、きっと。「んなわけーねーだろー」って怒るから云わないけど。
・・・・・・・・・・・・知っているから、云えないけど。