月は欠けてるほうが美しい

 月は欠けてるほうが美しい

怪談・幽霊・猟奇・呪い・魔界・妖怪・精霊などを書いております。

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人生の節目には神様が足を引っ張る人と無理やり引き上げてくれる人を寄越す。
コバンザメは宿主からおこぼれを貰えるうちは大人しいが、宿主が衰えると宿主を食らう。
私には人を呪い、「結果」を出せる事が
再認識されました。
マムシと聞いた浩太はあぜ道から転げ落ちそうになる。
祖父から常々マムシは危険だと言い聞かされていたからだ。
「そ、それ・・・食べるの ? 」、浩太は後ろ手を付きながら作次郎に尋ねた。
彼はそれには答えず、「これ爺さんに渡して。」、と竹皮の包みを差し出した。
よく見ると作次郎は左手に小ぶりなスイカを抱えている。
浩太が右手で皮包みを受け取ると、「マムシは足で頭を踏みつけると大人しくなる。」、そう言って作次郎は犬の様な速さであぜ道から走り去って行った。
浩太はその姿をまるで鋭機を見る様な眼差しで見送った。

家に帰り祖父にその事を告げると、「ありゃ病人の為に薬屋に売るんだ。真似しちゃあかんぞ。」、と言われた。
その時、浩太の頭の中で作次郎は、イノシシやマムシを狩って人の為に役立てる英雄と化した。
次の日から、浩太は日がな畑で作次郎を待ち続ける様になった。
祖父は毎日、日焼して真っ黒になって帰ってくる浩太を見て、「やめとけ、あやつは気が向かんと来んぞ。」、とたしなめる。
2.3日したある日、浩太が祖父の家から少し離れた細い水路で小鮒をすくってと、大人の怒鳴り声が聞こえた。
「このっ ! 糞ガキめがっ !! 何度言ったら判るんだっ !! 米泥棒が !! 」
浩太が恐る恐る声のする民家の生垣を見ると作次郎が棒のような物で酷く殴られていた。
作次郎は頭を抱え身体を丸くし、情けない呻き声を上げて身を守っている。
浩太は身動きが出来ず生唾を飲んで只々見つめ続けた。

翌朝、いつもの様に畑にいくと、そこには作次郎がしゃがみこんでいた。
「われ、爺さんから餅もらって来いや。」、下を向いたままの作次郎の肩に血が滲んでいる。
浩太の頭は物事の辻つまが合わずガチガチと下顎を震わせた。
「なにしとる、わしが腹へっておれば爺さんは餅でも米でもくれよるぞ。」、作次郎は顔を上げた。
顔は酷く腫れ頬にアザができていた。
浩太がなおも硬直していると、「心配すな。わしは孫だけん大丈夫だ。」
作次郎は立ちすくんでいる浩太の尻を軽く叩いた。

浩太は静岡にある母親の実家にいた。
毎年、小学校が夏休みになると、美容院をやっている母親が子育てから開放する為に息子を祖父母に預けていたのである。

「じっちゃん、トマト、もいで来てもいい ? 」、浩太は祖父の畑にある青臭いトマトが大好物だった。
「おぅ、よいよ。マムシ踏まんよう気をつけいよ。」、祖父は盆栽の手入れに夢中だ。
浩太は何列も細長く並んだトマトの木から、その日一番の美味しいトマトを探し出すのが何よりも楽しみだった。
「あったあった、今日の一番はコレだな。」、浩太が赤黄色のトマトに手を伸ばすと、木の裏側からヌっと薄汚い手が出てきて大切なトマトをもいでいった。
浩太は腰を抜かした。
「じっちゃん ! じっちゃん ! 河童にトマト盗られた !! 」
「河童ぁ ? そんなもん居らんよ。そいつは五所山の作次郎だ。」、祖父は盆栽から目を離す事なく、畑から駆け込んできた浩太に言う。
「作次郎 ? 」、浩太はポカンとした。
「そう悪さはせんから、トマトはくれてやれ。それから、納屋に行って竹の皮の包みがある筈だから取っておいで。」、祖父は浩太に向き直って微笑む。

その日の夕飯は獅子鍋だった。
「じっちゃん、これさっきの包みの中身 ? 」
「そだ。トマトの代わりに作次郎が置いてった。」
「作次郎さん、イノシシ売ってるの ? 」
「違う。自分で狩り採るじゃ。あいつは山ん中に住んどるもんだから。」
これを聞いた浩太はエラく不思議に思った。
翌日、浩太がザリガニ採りに田んぼのあぜ道でかがんでいると、手元がにわかに暗くなった。
横を見上げると酷く日焼けをして薄汚い「作次郎」が立っている。
浩太は作次郎の野性的な風貌に肝を冷やした。
「・・・ザリガニ、食べるの ? 」、浩太は蛇に睨まれたカエルの様に怯えながら言った。
「食わん。まずいから。」
「それ、何が入ってるの ? 」、浩太はモコモコと動いている作次郎が腰から下げた布袋を指差した。
「マムシ。」、作次郎はボソっと言った。
男は美緒が搬送された病院の医師に呼ばれた。
「腹膜に軽い裂傷はありますが、内臓の損傷はありません。ただ・・・膵臓を中心とした癌細胞と思われる腫瘍の進行が思わしいものではありません。はっきり言って致命的です。これは治療を続けているんですよね ? 」、医師の言葉に男は唖然とした。
「いや、姪は私の仕事の手伝いをしに最近来たばかりなので聞いてみないと判らないです。」、男は美緒の様々な事情をまるで知らない事を愚かに感じた。

男は美緒の病室に向かった。
「おじさん、田岡さんって言うんだねぇ。入院同意書、見ちゃった。」、美緒は子供の様に笑う。
「お前だって「山口」じゃないか、ありふれてるよ。」、田岡もぎこちなく微笑する。
「もう、先生に聞いたんだろ ? 私の病気の事は。」、美緒は真顔で田岡を見つめる。
「ああ。・・・お前、ずっと痛かったんじゃないのか ? 病院にも通ってないよな ? 」
「いいんだよ、人間はいつか死ぬんだ。大切なのはどう生きるかなんだ。」
「聞いた風な事を言うんじゃねえ。お前、親兄弟はいるんだろ ? 」、田岡は美緒の事を初めて尋ねた。
「いるよ。だけどね、会いたくない事情ってのもあるんだよ。その話は勘弁してくれよ。」、彼女はそっぽを向いて捨て台詞した。
「おじさん、店があるんだろ ? 帰らないとオバちゃんたち夕飯のオカズに困るぜ。」、美緒は布団にもぐり込んだ。
「また今夜、見舞いに来るからな。」、田岡はそう言って病室を出る。
美緒は布団の隙間から手を出し「バイバイ」をした。

田岡は店を早仕舞いして病院にやってきた。
「あ、田岡さん。入院費のお釣り預かってます。」、ナースステーションから事務員が駆け出してきた。
「え、何ですか ? 」
「山口さん自主退院したんですが、会計で「お釣りは叔父に。」って行っちゃったんで。」、事務員は領収書と小銭を田岡に渡した。
「あいつ・・」、とひとこと言って田岡は店に戻る。
店に美緒は居らず、それからは音信もなかった。

半年ほと経ったある雨の午後、美緒の父親と思われる男性から宅急便が届いた。
小さなメモに、「娘の遺品にお名前と住所が書いた品物がありましたので、一応送らせていただきます。」、と書いてあった。
中にホワイトマジックで書いたウィスキーのホケット瓶が入っていた。
「まるで捨て猫じゃないか・・・」、男はポケット瓶を握り締めて泣いた。
雨は風を伴って店の窓を殴りだした。
「おじさん !! 私、勝ったよっ ! 」、美緒は一睡もしないで店で男を待っていた。
「良かったな ! お前は本当に良くやった。顔にキズが無いところを見ると殴られてないんだな ? 」、男は皺だらけの顔を皺くちゃにして喜ぶ。
「うん、一撃でKОしたんだ。おじさんの言う通り、ビミョーに相手の目が動いたよ。」、美緒は興奮から覚めやらなかった。
「それでもって、私、自分に10万賭けたから50万になっちゃった。おじさんに半分あげるよ。」、美緒はジーンズに丸めてしまってあった札束を取り出した。
「バカ、俺が貰う筋合いじゃねえ。今日はお前は休みなんだから、遊ぶなり買い物するなりしな。」、男は白衣に着替える。
「じゃ、寝るよ。」、美緒は部屋に戻って行った。

「おいっ ! お前に電話だ。」、男の声に夕方近く美緒は目が醒めた。
美緒は受話器を取り、「あっ、はい、ありがとうございます。」、短く話して電話を切った。
彼女が口を開く前に男が、「試合だろ ? 行ってこい。明日の店の事は心配するな。」、と言う。
「すまないね、早く帰ってきて早く寝るから朝起きてなかったら起こしてくれよ。」
「美緒、今日は化粧をしていけ。まだ時間はあるだろ ? 」、男は初めて美緒の名前を呼んだ。

顔のアザやキズが治った美緒は相当な上玉であり、前日の試合も噂になってライブハウスは満員御礼だった。
今夜の相手は背が高くリーチも長い中国女だ。
ゴングが鳴った。
相手は美緒の目を見据えたまま、いきなり眉間を狙ってジャブを打ってきた。
目の動きに囚われていた美緒は慌ててガードをする。
ガードは美緒の目をふさぎ、相手の動きの予測を妨げた。
相手はガードを狙って打ち続け、やがて最後の一発を美緒のみぞおちに叩き込んだ。
美緒は腹を抱えて床に倒れる。

翌朝、男が店の鍵を開けると美緒が唸っていた。
「おいっ、どうしたんだ ? 」、男が彼女の部屋に入ると、「ボディブローもらって負けた。」、と美緒が全身を震わしていた。
「バカヤロウ ! 内臓損傷だっ ! いま救急車呼んでやるからな。」、男は慌てて119番する。

「おらっっ ! メシ食わねぇのか !? 」、男の銅鑼声に美緒は目を覚ます。
「あっ、すみません ! 布団に寝たの久しぶりなんで寝坊しました ! 」、美緒は下着姿のまま調理場に飛び出した。
「ここは、ソープじゃねえっ ! そこの白衣を着て来い ! 」、美緒は再び男に叱られる。
慣れない仕事は忙しく、あっという間に一日が終わる。
男は片付けをしながら美緒に話し始めた。
「人間の筋肉で一番速くしかも正確に動くのは、外眼筋と呼ばれる目を動かす筋肉だ。相手が打ち込んでくる時には必ず一瞬目標を見定める。この時の目の動きは0.08秒、しかも1/100ミリ以下だ。でもこれを見切れれば相手の次の動きが判る。」
やみくもに戦っていた美緒には男の言う事が希望の光にも絶望の影にも聞こえた。
「おじさん、私どうすればいいの ? 」
「とりあえず、メンチカツを揚げる時の油の沸騰泡の一つ一つを見切れるようにしな。そうすれば動体視力も揚げ物も上手くなる。」、と男は珍しく笑った。

美緒は来る日も来る日も揚げ鍋をガン見し続けた。
やがてある日、仕事が終わると男が彼女の肩を叩き、「お前、揚げ物は一人前になったな。目はどうだ ? 」、と言った。
「闘ってみないと判らないよ。」、美緒にはまるで自信がなかった。
「今日はお前の給料日だ。これに15万入っている、好きに使え。ひと月休み無しだったから明日は休んでいいぞ。」、そう言って男は美緒に封筒を渡す。
「えっ !? おじさん、ありがとう ! ・・・ちょっと電話借りてもいい ? 」、美緒は無性に試合のノミネートをしたくなった。
彼女はしばらく電話で話していたが、「今夜、空きがあるって ! 行ってくるよ。」、と化粧もせずに飛び出した。

キャットファイトは非合法である。
通常、平日に地下のライブハウスなどを興行主が借りて秘密裏に行う。
この日の賭け率は美緒が5倍で相手は2倍だった。
もちろん、負け続きの美緒の賭け金は美緒が払う。
ライブハウスのむき出しの床にゴングが鳴った。
美緒は相手の目を見据える。
1/100秒、相手の目が右に動いたのが判った。
美緒は左に身をかわし、右のジャブを相手のこめかみに叩き込んだ。
見事なカウンターパンチだった。
相手が尻もちを付いて倒れる瞬間、美緒の全身の血潮が沸き揚がる。
バス停で話す二人に雨は容赦なく降り続けた。
「あんた、何処に住んでるんだ ? 」、男はウィスキーをひと口呑んで栓をした。
「今月からホームレスだよ。」
「じゃあ、ウチで働け、外人雇ってたが辞めちまって困ってる。三食付きの住み込みだ。」、男の言葉に女は振り向く。
「えっ ? 何屋さんなの ? 」
「ケチなメンチカツとかの揚げ物屋だ。顔のキズが治ったら、ソープとやらでまた働けばいい。」、そう言うと男は傘をさして歩き出した。
女は少したたずんでから男の後を追って歩き始めた。

「朝飯は6時、前の日の売れ残りと米飯だ。風呂は2日に一度、仕事が終わるのは夜の9時頃、それから片付けだ。」、男は店舗の鍵を開けながら話した。
「この部屋を使いな、便所はそこの奥にある。腹が減ったら店にある売れ残りを食べていいぞ。」
「ありがとう、おじさん。私、美緒っていうんだ。おじさんは ? 」、美緒は男からもらったタオルで顔の雨水をぬぐっている。
「おじさんでいい。お前は俺の姪っ子という事にしておくからな。」
「おじさん、恩に着るよ。」、美緒は深い皺のある男の顔を見つめた。
「恩に着なくていい、キチっと働いてくれればいいんだ。 それよりかお前、一発俺にパンチをよこしてみろ。」、男は両の拳を構える。
「あははっ、こんなんでも当たると痛いよ。」、そう言って美緒は男にジャブをかました。
しかし、美緒がジャブを打つ前に男の右手が素早く彼女の鼻をつまんだ。
「お前、本当に弱いんだなぁ。俺は拳闘はやった事はないが剣道は師範まではいった。だから相手がどう動くか位はわかる。お前は目が解りやすく動く、そんなんじゃ相手に何時何処を打ってくるかがバレバレじゃないか。もうちょっと器用に目の玉を動かせ。」
美緒はハムカツ屋のオヤジに負けた事にショックを受け、その場にへたりこんだ。
「もう寝ろ。明日、仕事が終わったら相手に勝つコツを教えてやる。」、男はそう言うと店を出て行った。
美緒は安住を得たことの喜びより、彼女の人生そのものの「格闘」に入った亀裂に放心した。
雨は安普請のメンチカツ屋の屋根を叩き続けている。

ネズミ色のレインコートを着た初老の男は雨よけのあるバス停でポケット瓶のウィスキーを呑んでいた。
コンビニ袋には好物のスルメも入っている。
ふと、顔を上げると向かい側の歩道から女が車道を渡って男がいるバス停に歩いて来る。
「おじさん、雨ひどいよね。」、女のコートのフードがグッショリと濡れていた。
「あんた、雨はいいけど終バスはもう行っちまったよ。俺は雨を見ながら酒を呑んでるだけだ。」
女は「そう・・・」と言ってうつむいた。
男はウィスキーのフタを取り出し閉め始める。
「ねぇ、おじさん。それ少し呑ませてくれないかな ? かわりに好きなとこ触っていいから。」、女はより一層うつむいて小声で喋った。
男はジロジロと女を眺めてから、「バカ言え、触るか、そんなもん !   だけどな、俺は薦められた酒を断る奴は好かん。だから俺があんたに薦めるからコレを呑め。」、とポケット瓶を女に渡す。
女は顔を上げ、「乞食じゃないんだ・・・」、と涙声をあげた。
男は、「俺の言ってる事が判らないのか ? 俺独りで呑んでてもつまらんから相手をしろと言ってるんだ。」、とコンビニ袋から別のポケット瓶を取り出す。
女は小さくうなづいて貰ったポケット瓶をあおる。
バス停の安蛍光灯が端正だがアザやキズだらけの顔を照らし出した。
「悪い男にヤラれたのか ? 」
「ちがうよ、そんなんじゃない。相手は私と同じ「女」さ。」、女は初めて男に笑いを見せた。
「世の中、複雑だな・・・」、男は新しいポケット瓶の封を切る。
雨音に混じって女の腹が「ぐぅっー」と鳴ったのが聞こえた。
「ほら。」、男はポケットからスルメを取り出す。
「おじさん私ね、負け猫なんだ。ろくに勝った事がない、有り金叩いて自分に賭けた試合にも負けちゃったんだ。」
「おい、言ってる事が解らんが ? 」、雨音は男の声と同じ位の大きさになってきた。
「私、女同士が殴りあう賭け試合の選手なんだ。 私が弱いから・・・賭けが成立しない時は試合に出れないんだよ。だから、自分で自分に賭け金を積むんだ・・・。」
「顔のキズはそのせいか ? 」
「そうだよ、キズのせいでソープも先月クビになっちゃった。でもね、殴り合うの好きでやめられないんだよっ !! 」、女は嗚咽しながら震えていた。
雨はそれをかき消す様な勢いで降り続ける。